思考とは螺旋階段みたいなもの
09.26 (Sat) 09 : 05
最近考えていること。
ひとつの考えについて思いを廻らせているとき、気が付くといつも同じところにたどり着くことがあります。
ブレストとかでもそうですが。
その際に、
あ〜また戻ってきちゃった
とか思ったりします。
その時は、同じところをぐるぐる回っているような感覚でいるんですね。
そうこうして3回くらいぐるぐるしているうちに、
あれ、これは同じようでいてさっきとは違う…かも
ということに気づいたりする。
考えているときは、同じところをぐるぐる廻っている気でいるんだけど、ふと、そうではなくて自分が螺旋階段を昇って(または下って)いたことに気が付く。
この昇っているのか下っているのかというイメージもとても微妙なところだと思います。
というのも、考えというものは「深める」ものだからです。
ところが深めていくうちに、ある一定のところで自分がさっきよりも「高い」位置に来ていることに気が付く、という不思議な感覚です。
自分の中の中心と、世界の果ては繋がっているんじゃないか、という話は大学院のときに散々言ってたけど、一番深い部分と一番高い部分も繋がっているのかもしれない…とか思いました。
実はこの感覚、映像も思い浮かんでいますが、時間なくてつくれない…
ひとつの考えについて思いを廻らせているとき、気が付くといつも同じところにたどり着くことがあります。
ブレストとかでもそうですが。
その際に、
あ〜また戻ってきちゃった
とか思ったりします。
その時は、同じところをぐるぐる回っているような感覚でいるんですね。
そうこうして3回くらいぐるぐるしているうちに、
あれ、これは同じようでいてさっきとは違う…かも
ということに気づいたりする。
考えているときは、同じところをぐるぐる廻っている気でいるんだけど、ふと、そうではなくて自分が螺旋階段を昇って(または下って)いたことに気が付く。
この昇っているのか下っているのかというイメージもとても微妙なところだと思います。
というのも、考えというものは「深める」ものだからです。
ところが深めていくうちに、ある一定のところで自分がさっきよりも「高い」位置に来ていることに気が付く、という不思議な感覚です。
自分の中の中心と、世界の果ては繋がっているんじゃないか、という話は大学院のときに散々言ってたけど、一番深い部分と一番高い部分も繋がっているのかもしれない…とか思いました。
実はこの感覚、映像も思い浮かんでいますが、時間なくてつくれない…
